龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第3章 逃亡~男の怒り~
そうしている中に、うとうとと眠ってしまったらしい。低い唸り声を聞いたような気がして、千寿はハッと飛び起きた。耳に全神経を集め、外の様子を窺う。
グルグルと低い不気味な唸り声が聞こえてくる。
―まさか、狼?
千寿の顔から血の気が引いた。
火を焚いていれば、狼や山犬の類の獣を避けることができるのだが、生憎と今の千寿は身を守るすべを持たない。
いずれにしろ、これは大変まずい。
唸り声は段々と近づいてくる。このままでは、人の臭いを嗅ぎつけた狼が洞の中にまで入ってくるだろう。飛びかかってきたら、もう逃げようがない。千寿は一か罰かの賭に出た。素早く洞から出ると、幹の窪みに脚をかけ、樹を登り始めたのだ。人の気配と物音に勘づいた狼が咆哮を上げながら、こちらに向かって走ってくる。
間一髪のところで、千寿は難を逃れた。比較的太い頑丈そうな枝を見つけ、そこに身を落ち着けると、漸く少し心にゆとりが出た。
恐る恐る下を見やると、狼たちが無念そうに樹の根許を爪でひっかいたりしていた。月明かりがないのでよくは判らないが、ざっと見ただけでも五、六匹はいるだろう。もし、ほんの少しでも千寿の判断が遅ければ、今頃はあの怖ろしい狼たちの餌食になっていたのだ―と考えると、怖ろしさに叫び出しそうになった。
狼たちはなおもしばらく、諦められず樹の回りをうろついていたが、やがて何とも不気味な咆哮を残して夜の闇に消えていった。
それでも、千寿は東の空が白々と染まる暁方まで、まんじりともせず心細さを抱えて過ごした。いつ、あの怖ろしげな狼たちが戻ってくるかとかと思うと、気が気でなかった。
しかし、幸いにも狼は二度とやって来ることはなく、千寿は無事、朝を迎えることができたのである。
千寿は陽が昇ってから、用心しながらまた幹をつたいながら地上に降りてきた。既に空腹は極度に達していた。喉も渇いている。
できればもう一歩も歩きたくないと思ったけれど、ここで呑気に休んでいることはできない。愚図愚図していては、追っ手に捕まってしまう。
―今日こそは、何としてでも森を出なくては。
千寿は焦燥に駆られながら、再び疲れた身体を引きずるようにして歩き始めた。
グルグルと低い不気味な唸り声が聞こえてくる。
―まさか、狼?
千寿の顔から血の気が引いた。
火を焚いていれば、狼や山犬の類の獣を避けることができるのだが、生憎と今の千寿は身を守るすべを持たない。
いずれにしろ、これは大変まずい。
唸り声は段々と近づいてくる。このままでは、人の臭いを嗅ぎつけた狼が洞の中にまで入ってくるだろう。飛びかかってきたら、もう逃げようがない。千寿は一か罰かの賭に出た。素早く洞から出ると、幹の窪みに脚をかけ、樹を登り始めたのだ。人の気配と物音に勘づいた狼が咆哮を上げながら、こちらに向かって走ってくる。
間一髪のところで、千寿は難を逃れた。比較的太い頑丈そうな枝を見つけ、そこに身を落ち着けると、漸く少し心にゆとりが出た。
恐る恐る下を見やると、狼たちが無念そうに樹の根許を爪でひっかいたりしていた。月明かりがないのでよくは判らないが、ざっと見ただけでも五、六匹はいるだろう。もし、ほんの少しでも千寿の判断が遅ければ、今頃はあの怖ろしい狼たちの餌食になっていたのだ―と考えると、怖ろしさに叫び出しそうになった。
狼たちはなおもしばらく、諦められず樹の回りをうろついていたが、やがて何とも不気味な咆哮を残して夜の闇に消えていった。
それでも、千寿は東の空が白々と染まる暁方まで、まんじりともせず心細さを抱えて過ごした。いつ、あの怖ろしげな狼たちが戻ってくるかとかと思うと、気が気でなかった。
しかし、幸いにも狼は二度とやって来ることはなく、千寿は無事、朝を迎えることができたのである。
千寿は陽が昇ってから、用心しながらまた幹をつたいながら地上に降りてきた。既に空腹は極度に達していた。喉も渇いている。
できればもう一歩も歩きたくないと思ったけれど、ここで呑気に休んでいることはできない。愚図愚図していては、追っ手に捕まってしまう。
―今日こそは、何としてでも森を出なくては。
千寿は焦燥に駆られながら、再び疲れた身体を引きずるようにして歩き始めた。