龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第3章 逃亡~男の怒り~
歩きながら、涙が溢れてきた。
何故、自分は、こんな哀しい想いをせねばならないのか。生きるということは、こんなにも辛いことばかりなのか。いっそのこと、この場で倒れて今すぐに生命尽きてしまった方が良いとさえ思う。
すべては、あの男―木檜嘉瑛のせいだ。
あの男が千寿から、すべてのものを奪った。白鳥の城を焼き、大切な家族―両親、妹を殺した。嘉瑛は千寿から何もかも奪い尽くしただけでは済まず、今度は千寿を死んだ妹の身代わりに仕立て、千寿の身体を欲しいままにしている。
千寿は頬を流れ落ちる涙を片手でぬぐった。手も脚もとにかく身体中が汚れているため、涙まで黒く染まっている。
千寿は手に付いた黒い涙を見て、ふっと笑った。こんな弱気なことでは駄目だ。とにかく気を確かにもって、白鳥の―生まれ故郷の地を踏むことだけを考えなければ。
千寿は脚許の悪い道をひたすら歩いた。
いかほど歩いただろう、太陽の位置からすれば、丁度昼を回った頃、歩き疲れた千寿は大きくよろめいて転んだ。この道は進めば進むほど、歩き辛くなってくる。林立する樹の根と根が複雑に絡み合い、それが地面の上にまで盛り上がっているのだ。
どうやら、その一つに脚を取られたらしい。
―もう、駄目だ。
千寿は倒れ込んだまま、しばらく動けなかった。いや、動こうという気力も失っていたのだ。転んだ拍子に口の中を切ったのか、血の味がした。
だが、ここで倒れたままでいるわけにもゆかない。千寿は再び緩慢な動作で身を起こした。身体中の節々が悲鳴を上げる。そろりと片脚を前へと踏み出したその時、烈しい痛みが走った。
「ツ」
千寿は右脚を押さえ、その場にうずくまる。
間の悪いことに、挫いたらしい。
少し動かしただけで、激痛が走り、到底歩くどころではない。
千寿が絶望的な想いでうつむけていた顔を上げた時、ハッとした。この少し先から道が踏みならされ、細いながらも人が通ったと思われる後がある。よくよく見れば、手入れはされてはいるといえ、道には草が茂り、既に使われなくなって久しいように見えた。
何故、自分は、こんな哀しい想いをせねばならないのか。生きるということは、こんなにも辛いことばかりなのか。いっそのこと、この場で倒れて今すぐに生命尽きてしまった方が良いとさえ思う。
すべては、あの男―木檜嘉瑛のせいだ。
あの男が千寿から、すべてのものを奪った。白鳥の城を焼き、大切な家族―両親、妹を殺した。嘉瑛は千寿から何もかも奪い尽くしただけでは済まず、今度は千寿を死んだ妹の身代わりに仕立て、千寿の身体を欲しいままにしている。
千寿は頬を流れ落ちる涙を片手でぬぐった。手も脚もとにかく身体中が汚れているため、涙まで黒く染まっている。
千寿は手に付いた黒い涙を見て、ふっと笑った。こんな弱気なことでは駄目だ。とにかく気を確かにもって、白鳥の―生まれ故郷の地を踏むことだけを考えなければ。
千寿は脚許の悪い道をひたすら歩いた。
いかほど歩いただろう、太陽の位置からすれば、丁度昼を回った頃、歩き疲れた千寿は大きくよろめいて転んだ。この道は進めば進むほど、歩き辛くなってくる。林立する樹の根と根が複雑に絡み合い、それが地面の上にまで盛り上がっているのだ。
どうやら、その一つに脚を取られたらしい。
―もう、駄目だ。
千寿は倒れ込んだまま、しばらく動けなかった。いや、動こうという気力も失っていたのだ。転んだ拍子に口の中を切ったのか、血の味がした。
だが、ここで倒れたままでいるわけにもゆかない。千寿は再び緩慢な動作で身を起こした。身体中の節々が悲鳴を上げる。そろりと片脚を前へと踏み出したその時、烈しい痛みが走った。
「ツ」
千寿は右脚を押さえ、その場にうずくまる。
間の悪いことに、挫いたらしい。
少し動かしただけで、激痛が走り、到底歩くどころではない。
千寿が絶望的な想いでうつむけていた顔を上げた時、ハッとした。この少し先から道が踏みならされ、細いながらも人が通ったと思われる後がある。よくよく見れば、手入れはされてはいるといえ、道には草が茂り、既に使われなくなって久しいように見えた。