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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第4章 天の虹~龍となった少年~

 漸く昼前に嘉瑛から解放されると、千寿は一人でよく泣いた。自分は何のために生まれてきたのだろう。何をするわけでもなく、日々を無為に過ごし、ひたすら男に抱かれるためにだけ生きているようなものだ。
 人同士があい争うことのない世を作りたいだなんて、今の千寿にとっては夢のまた夢にすぎない。今の自分には何の力もない。
 あまりにも惨めだった。
 そんな中で、千寿は気慰みに絵筆を握るようになった。
 元々、幼い頃から、絵を描くのは好きだった。昼間、時間だけはたっぷりとあるので、ひたすら机に向かい、絵を描き続けた。
 今日も朝からずっと、こうして絵筆を握っている。絵を描いていると、厭なことも―閨での耐えがたい恥ずかしさや屈辱も忘れられる。嘉瑛に抱かれる度、千寿はいつも死にたいほどの屈辱を憶えた。どんな無体な要求でも命じられれば従わなければならず、厭だといえば、更に辛い想いをすることになる。それが判っているから、千寿は心を殺して、嘉瑛の求めるがままに身体を開いた。
 嘉瑛に触れられる度、千寿は自分の身体が穢れてゆくように思う。男の愛撫に順応してしまった身体だけは触れられれば敏感な反応を見せ、男を悦ばせたけれど、どんなに男の腕の中で乱れても、千寿の意識はいつもしんと醒めていた。
 この頃では、穢れ切ったこの身体が厭わしいとさえ思うようになった。
「ホウ、見事なものだな」
 身を固くする千寿に頓着する風もなく、嘉瑛は後ろから腰を屈め、千寿の描いた絵を覗き込んでいる。
 男の吐息が首筋にかかり、嫌悪感に膚が粟立った。
「どれ」
 嘉瑛は事もなげに言い、千寿の身体を軽々と抱き上げた。
「あ」
 千寿は声を上げた。
 嘉瑛は身を捩る千寿を抱いたまま、部屋を横切った。
 文月の末、昼間は部屋内でじっとしていても、じっとりと汗ばんでくる。部屋の障子戸はすべて開け放たれていた。濡れ縁の向こうには、小さな庭が望める。
 紫の桔梗が灼けつくような真夏の陽光の下で、やや萎れて見えた。
 嘉瑛は庭の見渡せる場所まで来ると、どっかりと腰を下ろし、千寿を膝に乗せた。

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