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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第4章 天の虹~龍となった少年~

 嘉瑛は何を話すでもなく、ただ庭に茫漠とした視線を向けている。意識してなのかどうか、骨太な指が千寿の艶(つや)やかな髪を梳いている。その中、嘉瑛が黒髪のひと房を掬い上げ、そっと唇を押し当てた。
 刹那、千寿の中で嫌悪感と共に、もう一つの全く別の感情が駆け抜けた。
 触れられているのは髪の毛のはずなのに、まるで夜、褥の中で一糸まとわぬ姿となり、素肌に触れられ口づけられているかのような気持ちになった。
 一体、この得体の知れぬ感覚は何なのか。
 千寿はおおいに狼狽え、混乱の気持ちが眼尻に涙を押し上げる。
 嘉瑛はなおも千寿の髪を弄っている。
「いやっ」
 千寿は思わず叫び、嘉瑛の逞しい身体を両手で強く
押した。
 嘉瑛がたじろいだのが触れ合った身体越しに伝わってく
る。
 しまったと、と思った。
 反抗的な態度を取ったと、どんな酷い目に遭わされるか判らない。また、折檻のような性交の相手をしなければならないのか、怒りのままに男に犯されるのかと想像しただけで、千寿の眼に涙が湧く。辛くてたまらなかった。
 千寿のその不安は、次の瞬間、ことごとく覆されることになった。
 嘉瑛は千寿の身体を向こうへと押しやり、膝から降ろすと、立ち上がった。そのまま何も言わず、居間を出ていったのである。
 その日の夜、千寿の寝所への嘉瑛のお渡りはなかった。
 婚礼の夜以来、夜伽から解放されたのは、これが初めてであった。その夜、千寿は久しぶりに朝まで一人でゆっくりと眠ることができたが、何故、嘉瑛が自分を抱かなかったのかと気がかりではあった。
 やはり、嘉瑛が昼間、訪ねてきたときの千寿の態度が気に入らなかったのだろうか。
 それにもう一つ、嘉瑛の唇が髪に触れた時、一瞬、身の内を駆け抜けたあの不思議な感覚は何なのか―。閨で嘉瑛に抱かれれば、身体は敏感に反応するけれど、本音を言えば、その感覚を快いとか気持ち良いと思ったことは一度もなかった。むしろ、自分の体内で他人の身体の一部が蠢いているかと思えば、気持ち悪いだけだ。

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