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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第4章 天の虹~龍となった少年~

 嘉瑛は千寿の顔を覗き込んで、満足げに笑った。その表情には、いつものような酷薄さはなく、暗い愉悦も宿ってはいない。翳りのない、本当に嬉しげな、恋人との逢瀬を心から愉しんでいるかのような晴れやかな笑いであった。
 二人はそれから、この部屋の外を吹き抜ける風のように、烈しく求め合い幾度も交わった。

 どれほどの刻が経ったのか。
 千寿は傍らで眠っている男の貌をそっと窺い見た。
 秀でた額、整った鼻梁、意思の強そうな濃い眉。既に見慣れているはずの男の貌だが、こうして改めて見つめるのは初めてのような気がする。
 今夜の自分は、明らかにいつもと違っていた。いつもなら、嘉瑛に触れられる度に感じる嫌悪感はなく、むしろ、男に触れられ、抱かれることを望み、悦んでいたような気がする。そう、千寿の身体だけでなく、心もまた、この男を明らかに求めていた。  
―もしかしたら、私はこの男を愛し始めてしまったのか?
 それは、怖ろしい予感であった。
 男同士で、しかも相手は故国を滅ぼし、父や母、妹を死地に追いやった憎い敵ではないか!
 それでも。
 男の安らいだ寝顔をこうして眺めていると、今までのように憎しみだけではない何か別の想いがこの胸の奥に灯っていることを自分で認めないわけにはゆかない。
 裸の肩に回っている分厚い手のひらを男を起こさぬよう注意しながら外す。
 眠っていた男が眼を唐突に開き、千寿は愕いた。
「―起きていらっしゃったのですか」
「ああ」
 嘉瑛は小さく頷き、遠くを見るようなまなざしで呟く。
「そなたに一つだけ、頼みがある」
 改まってそのようなことを言われたのは始めてだった。
 千寿は困惑して、視線を揺らす。
「改まってお願いなどと。あなたさまのお立場であれば、私に何もわざわざ頼みなどしなくとも、何なりと御意のままに従わせることができましょう。現に、あなたさまは、これまでずっとそのようになさってきたではございませぬか」

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