龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~
第4章 天の虹~龍となった少年~
以前の嘉瑛であれば、まずただでは済まぬ、反抗的な科白であった。
このときも、千寿は覚悟していた。
恐らく、この後、嘉瑛は自分を再び褥に押し倒すのであろうと漠然と考えていたその時、嘉瑛がまた唐突に沈黙を破る。
「それは、俺が征服者だからか? そなたのふるさとを灼き、滅ぼし、そなたの大切なものすべてを奪った憎い男だからなのか?」
嘉瑛は苦渋を噛みしめるような眼で千寿を見た。
「そなたは俺がそなたを力で意のままにしてきたという。なるほど、そなたの立場からすれば、それはまさしく正論だろう。だが、俺は一度として、そなたを手に入れたと思うことはない。たとえ身体だけは投げ出しても、心まではけして渡さぬ。それが、そなたという人間なのだ、千寿。俺はいつも、そなたの心を得ようとして、無駄にあがいていた。俺が近付こうとすればするほど、そなたは遠ざかってゆく。そんなそなたに苛立ち、俺はそなたを余計に苦しめた」
うつむく千寿を見つめる嘉瑛の眼には切なげな色があった。
「さりながら、今宵だけは違った。そなたの心に、俺はほんの少しだけ触れ得たような気がしたんだ。今夜の千寿は殊の外、素直で可愛らしかった。俺の腕の中であんな風に乱れて―」
「止めてくれ!」
千寿は金切り声のような悲鳴で男の言葉を遮った。
「お願いだから、止めてくれ」
千寿の眼から大粒の涙が流れ落ちた。
自分が今夜、この男の腕の中で見せた痴態を、面と向かって嬉しげに語られるのは耐えられなかった。
叶うものなら、今すぐ、この場から消えてしまいたい。そう思うほどに恥ずかしかった。そんなみっともない様を見せた自分がこの上なく情けない。
口惜しさと恥ずかしさに唇を噛み、すすり泣く千寿を見、嘉瑛が言った。
「教えてくれ、千寿。俺は、お前にとって征服者、ただそれだけの男なのか? お前に苦痛を与え続けてきただけの憎い敵なのか?」
確かに、嘉瑛は千寿にとって、最初から常に征服者であり続けた。住み慣れた城を落とし、大切な家族を殺し、富める国として知られた白鳥の国を一瞬にして征服した男だ。
そして、彼は故国だけでなく、千寿をも権力と暴力でねじ伏せ、征服した。
このときも、千寿は覚悟していた。
恐らく、この後、嘉瑛は自分を再び褥に押し倒すのであろうと漠然と考えていたその時、嘉瑛がまた唐突に沈黙を破る。
「それは、俺が征服者だからか? そなたのふるさとを灼き、滅ぼし、そなたの大切なものすべてを奪った憎い男だからなのか?」
嘉瑛は苦渋を噛みしめるような眼で千寿を見た。
「そなたは俺がそなたを力で意のままにしてきたという。なるほど、そなたの立場からすれば、それはまさしく正論だろう。だが、俺は一度として、そなたを手に入れたと思うことはない。たとえ身体だけは投げ出しても、心まではけして渡さぬ。それが、そなたという人間なのだ、千寿。俺はいつも、そなたの心を得ようとして、無駄にあがいていた。俺が近付こうとすればするほど、そなたは遠ざかってゆく。そんなそなたに苛立ち、俺はそなたを余計に苦しめた」
うつむく千寿を見つめる嘉瑛の眼には切なげな色があった。
「さりながら、今宵だけは違った。そなたの心に、俺はほんの少しだけ触れ得たような気がしたんだ。今夜の千寿は殊の外、素直で可愛らしかった。俺の腕の中であんな風に乱れて―」
「止めてくれ!」
千寿は金切り声のような悲鳴で男の言葉を遮った。
「お願いだから、止めてくれ」
千寿の眼から大粒の涙が流れ落ちた。
自分が今夜、この男の腕の中で見せた痴態を、面と向かって嬉しげに語られるのは耐えられなかった。
叶うものなら、今すぐ、この場から消えてしまいたい。そう思うほどに恥ずかしかった。そんなみっともない様を見せた自分がこの上なく情けない。
口惜しさと恥ずかしさに唇を噛み、すすり泣く千寿を見、嘉瑛が言った。
「教えてくれ、千寿。俺は、お前にとって征服者、ただそれだけの男なのか? お前に苦痛を与え続けてきただけの憎い敵なのか?」
確かに、嘉瑛は千寿にとって、最初から常に征服者であり続けた。住み慣れた城を落とし、大切な家族を殺し、富める国として知られた白鳥の国を一瞬にして征服した男だ。
そして、彼は故国だけでなく、千寿をも権力と暴力でねじ伏せ、征服した。