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龍虹記(りゅうこうき)~禁じられた恋~

第4章 天の虹~龍となった少年~

 千寿の指摘はもっともである。
 しかし、嘉瑛はこのときだけは豪快に笑った。
「なに、そなたごとき子ども一人、何もわざわざ生命を取らずとも、俺が天下を取るには支障はなかろうよ」
 嘉瑛は豪気に言い放つと、すっと立ち上がり、静かに寝所を出ていった。
 後に残された千寿は一人、取り残された。
 既に嵐は止んだのか、雨音や風の唸りも聞こえない。
 障子戸の向こうがわずかに明るくなっている。夜明けが近いのかもしれなかった。

 
 その夜、戸外を吹き抜けた嵐のように烈しい一夜を過ごした翌朝、嘉瑛は千寿を伴い、城を出た。
 愛馬の鹿毛に跨った嘉瑛の後ろに、白馬に乗る千寿が続く。
 城下町を抜けると、森に入る。二人は言葉を交わすこともなく、ひたすら馬を駆けさせた。嘉瑛は森のことを知り尽くしているのか、迷う様子はない。
 その日は生憎と、曇り空がひろがっていた。途中からは小雨が降り始めた。
 およそ半日余り、二人は途中で一度短い休憩を取っただけで、後は脇目もふらず馬を疾駆させた。急ぎに急いだお陰か、普通ならば馬でも一日近くはかかるところ、昼過ぎにはもう出口近くまで来た。
 その頃には、雨は漸く止み、空は次第に明るさを取り戻しつつあった。
「ここで別れよう」
 嘉瑛がふいに馬を止めた。
「ああ」
 千寿は頷き、騎乗したままの体勢で小さく頭を下げた。
「―色々と世話になった」
「それは皮肉か?」
 嘉瑛が悪戯っぽく言うと、千寿は真顔で首を振る。
「いや、正直、再び生きて白鳥の地を踏めるとは考えていなかったものだから」
「―千寿」
 物言いたげな瞳を向けられ、千寿は眼を見開いた。
「何か?」
「いや、何でもない」
 嘉瑛は笑って首を振ると、天を指さした。
「見ろ」
 嘉瑛の差し示す方を振り仰ぎ、千寿は固唾を呑んだ。

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