お姫様は海に恋い焦がれる
第2章 海に浮かんだ月に焦がれる
寄せては返す潮汐波のさざめきは、脆弱な銀を散らした霄漢との際目をなくした遥か彼方に限っては、ともすれば生命が存在していないように廓寥としている。
どこまでが水でどこからが宙か甄別し難い。
澄明な月とみなもで揺らめく朧月、懐古をきたされずにはおけない真珠が二つ望めた。だが、深海から打ち上げられた神秘の石にも似通う光をまとうプリンセスは、果てないような波打ち際にただ一人、存在しているだけだ。
「月に帰ろうと思うんです」
うさぎは言った。
数多の邪悪を慈しみ、時に厳しく指弾してきた唇が、すこぶる無邪気に主の故郷を懐かしむ。数多の邪悪を斃してきた白い手が、潮風に遊ばれたプリーツスカートの膨らみをやおら押さえた。
月、それはまろやかな黄みを帯びた清澄な真珠か、それとも揺らめく儚い石か。
うさぎのかつて地球を夢見た青い瞳は、掴みどころのない海の真珠を見澄ましていた。一つにとけた月の故郷と水の国、渺然たる晦冥は、夢とうつつの境界すら失っていた。海は月に恋をした。月は海に恋をした。だから一つにとけ合った。実に単純明快だ。