お姫様は海に恋い焦がれる
第2章 海に浮かんだ月に焦がれる
さく、と、うさぎの足がしめやかな波に吸い寄せられた。
今に白浜ごとさらわれかねない危うい足場は、すぐにうさぎの靴を飲む。穏やかな音色を奏でるさざなみが、白い足首をくるんだ白い靴下まで染み込んだ。
みちるはうさぎを追いかける。月の光を吸った金髪、小さな肩、甘酸っぱいブーケの匂いほのめくやんごとなき存在感にまつろって、故郷を映した銀世界に自らいざなわれてゆく。
あたたかな海が二人の膝に被さった。
水面下の泥濘に足をとられないよう片手を固く結んでも、引き返そうという発想は出ない。うさぎは月を目指して進む。みちるも海をかき分ける。夜闇をぼかす月ではプリンセスの想いが叶われないなら、海を揺らめく不吉な月に賭ければ良い。
「うさぎ」
先刻まで晦冥だった。双子の真珠と溟海の声が聞こえるだけの、夢ともうつつともつかない虚無だった。だのにうさぎが明瞭に見える。うさぎだけ。さらさらと宙に流れる髪、柔らかな皮膚、まるで角のないドール同様、ただまばゆく美しいだけのプリンセスがここにいる。強烈な存在感だ。殺されるなら光が良い。夜陰でも故郷の水でもない、愛するために生まれてきて、愛するために滅びようとしているこの人が良い。
みちるはうさぎの腕を掴んで、大きく見開く目を覗く。
微かにたゆたう青い瞳、あまねくこの世の美しいものだけを精選してきた如くの少女の花びらに唇を寄せて、キスをした。