テキストサイズ

お姫様は海に恋い焦がれる

第2章 海に浮かんだ月に焦がれる



「ん……」


 とろけるような口づけだ。とてもこの世の果てへの道草には相応しくない。

 みちるは肉厚の花びらを押さえたまま、うさぎの顎先を固定する。芳醇な肉をくるんだ薄皮を撫でて、唇で再度それを愛でると、間断ない啄みを繰り返してゆく。じきにうさぎから同じものが寄越されてきた。みちるはうさぎの唇を開く。愛らしい貝を丸く研いだ艶を帯びた歯列をなぞって、あたたかな体液を求めてゆく。


「ぁっ、はぁ」

「うさぎ……」


 可愛いわ、……美しい。美しい。


 どんな麗句もまるで足りない想いを無理矢理口舌にこじつけて、みちるはうさぎの口内を侵す。ほんのりあたたかで澄んだ泉は、きっとこの海より遥かにきららだ。


 長い長いキスの末、みちるは久しく愛するプリンセスの顔を見た。

 潤んだ双眸、火照った瞳、清冽な透明感を湛えた星は、されど得も言われぬ哀傷がほのめいていた。


「私も帰るわ……月へ」

「──……」

 淡いブロンドが闇を薄める。うさぎがふるふる首を横に振ったからだ。

「貴女のいない世界なんて、住んでいたって仕方ないもの。うさぎが好き。愛してる」

「みちるさん……」


 あっ、と、うさぎの小さな悲鳴がさざなみを縫った。


 みちるはうさぎを片手に抱いて、雑駁な想いを白い耳にささめき出す。

 出逢った頃のこと、互いの正体を知りもしないで親しんでいった頃のこと、それでもあの頃から月野うさぎという少女にもセーラームーンという戦士にも胸逸る焦燥を感じていたこと、デスバスターズとの決戦の後の暫しの別離、そして再会──…ギャラクシアを討った後も平穏と呼べる日々は望めなかったが、みちるは誰より幸せだった。

 幸せのかたちは千般ある。幸せの定義など神でさえ持ち合わせなかろうが、少なくともみちるは胸を張って幸せと呼べる日々を得ていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ