お姫様は海に恋い焦がれる
第2章 海に浮かんだ月に焦がれる
* * *
「それで、結局やめたんだ」
みちるの頬に、嫌味なまでに冷たいものがあてがわれてきた。
氷がふんだんに使われたアールグレイは、夜涼みのバルコニーでは身体にしみる。
みちるはグラスを緩慢な所作で受け取ると、とりとめなく氷を鳴らした。はるからしい、淹れたての冷えた紅茶は、僅かなクリームダウンも見かけられない。
吸い込まれそうに深い闇が広がっていた。
人間という感情の生き物、ちっぽけな泡沫の生命体など、あの無辺の闇の前では塵に等しい。今に覆滅されるのではないか。さして遠くはないあの日と同じ、脆弱な銀が散らばっていた。
「うさぎが、戻ろうと言ったの。……運命は自分で変えてゆくもの。今までさんざん私達や敵達に啖呵を切ってきたものだから、自分が諦めるわけにはいかないんですって。それはそうよね。説得力がなくなるわ」
「なるほどね。僕も説教されたことはあるし」
「いつ……?」
「知りたい?」
「──……」
みちるは首を横に振る。絡みついてきた腕を受け入れて、少女にしては強健な、はるかの胸に背中を預けた。