お姫様は海に恋い焦がれる
第3章 うさぎピンチ!二人きりの夜〜未来編〜
「まーもちゃん」
うさぎは衛の広い背中に頬を預けた。
「手伝う」
「良いよ」
「でも」
「明日から一人なんだ。うさこは体力を温存しておかないと」
「──……」
低くて甘い、衛の声だ。
胸に染み透るだけで舞い上がっても良いものなのに、うさぎの心奥は余計に湿気る。
クリスタルトーキョーの実権は、クイーンであるうさぎにある。
衛はキングの肩書きこそ備えていても、その役目は守護戦士達と変わらない。
非の打ちどころのない学識に、人望。衛の器量や彼の志を考えると、うさぎの希望は一つしかなかった。
…──お医者さんになって。まもちゃんのやりたいこと、やって。
かくて今、衛は亜美の病院に勤務しながら、世界中の学会を廻り、貿易会社まで経営している。明日からまた出張だ。ちびうさも友人の家に世話になる。
「大丈夫だよ、まもちゃん」
オリーブオイルを絡めた具材の踊る音が、衛を隔ててうさぎの耳を刺戟する。
「あたしは元気が取り柄だもん。何かあったら呼べって、レイちゃんとはるかさんが一晩中スマホを見ていてくれるみたい。頼りないプリンセスだね。大人になってまで皆に心配かけちゃって」
「それで良いんだよ。うさこは」
「研究発表、頑張って。あたし、まもちゃんのこと応援してるね。…………あっ」
やおら振り向いた衛の目が、穏やかな微笑を湛えてうさぎを捕らえた。
「──……」
「うさこ」
「っ、……」
まもちゃん、と、呼びかけたかった名前はうさぎの唇を通り抜けなかった。キスがうさぎを封じたからだ。
「ん…………」
淋しくない。事実、淋しくなかった。
いつからだろう。うさぎは衛と離れていても、不安も喪失も覚えなくなっていた。
何かが足りない。満たされない。
それは一人残されて初めて覚える空虚のはずだ。だのにこのところずっと、うさぎは衛といてこそ不可解な風穴を胸に得る。
「…………」
ピラフは、衛にしては珍しく焦げた。