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お姫様は海に恋い焦がれる

第1章 壊れてゆく運命を、リボンで



「あ。ごめんなさい」


 囁く塩梅の甘い声が、胸に染み透ってきた。

 幾分か冴えてきた意識を連れて、今度こそ身体を起こすと、ソファの側に白い天使が落ち着いていた。月の光を吸った色素の金髪に、幾重も重ねた白い花びらにバニラの香料をひと振りした如くの柔肌、かつて青い地球を夢見た双眸はまさしく憧憬した色相を閉じ込めていて、小さな肢体は真珠色のガラスのドレスを優雅に身につけていた。

 プリンセス・セレニティ、ムーンキャッスルの継承者にして未来のクイーン、そして、言わずもがなこの部屋の主だ。

「起こしちゃいました?……よね。うーん、窓、閉めたんだけど……カーテン薄くて、……眩しいですよね」

 ネプチューンの指先に、怖いほどなめらかな指先がまとわりついてくる。そして怖いほど清澄な目、あの文明の発達した青と緑の星にさえ、これだけ見事な潤沢を帯びた睫毛に縁どられた目をしたドールはあるまい。

 手首からリボンがほどけていった。

 ネプチューンは、そこで思い出す。うたた寝したのだ。セレニティの提案で横たわったとは言え、こうも深い眠りに引きずり込まれるとは思わなかった。


「ごめんなさい、私ったら。……」

「ううん、仕方ないです。ネプチューンがお仕事で忙しいこと分かっているのに、あたしのわがままで来てもらっちゃって……。最近、太陽に黒点が顕れている。邪悪な影。それが何なのかを見極められるのは、ネプチューンの鏡か、マーズの霊感か、マーキュリーのコンピューターだけだろうって、お母様も仰せでしたもの」

「ええ、……有り難う」


 罪の意識に追いたてられて、真珠色の天使から目を逸らす。

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