とかして。
第1章 光が世界を染め変える
はるかの部屋に帰り着いても、血の匂いが臭覚にこびりついていた。
人間をのんだ怪物の肉を刻んだ手が、その質感を思い出す。
何よりみちるを苛むのは、視覚を超えた器官に染みた、あの強烈な可視光だ。
人体から抽出される心の結晶、星とも花ともつかない宝石だけは、いかなる人間が器であっても、目を細めなかった例がない。タリスマンでなくてもあれだけ輝く。世界を救うアミュレット、それを秘めた心であれば、どれだけ白をしのぐ光を放つか。
ふわっ…………
耳許に衣擦れの音が触れた。
みちるの心許なかった肩が、たわやかな腕に囲われる。首筋に懐かしい吐息がかかる。柔らかな髪が、みちるの頰をくすぐった。
「足、痛むの?」
「はるかまで。……あの子に言われるまで気付かなかったくらいよ」
「分かってるさ。君はそんなにやわじゃない」
けど、と、みちるをとりこめた腕に力がこもった。少し掠れたアルトの声が、後方からの抱擁に匹儔してみちるの胸裏を逸らせる。
「君が優しいこと考えてるのは、分かっちゃうかな」
「…………」
ピュアな心の結晶は、それがタリスマンでなくても、一定の時間が経てば人体に戻らなくなる。
はるかとの再会を望んでいた一方で、戦士としての宿命は彼女に背負わせまいと意を決していた。だのに結局、みちるは孤独に打ち勝てなかった。
世界のこと、タリスマンのこと、はるかのこと、みちる自身の夢のこと、明日のこと──…。
はるかの見解は半ば正しい。
みちるが思考をやめたことはない。
明日にも世界は終焉を迎えるかも知れない。
たとえ破滅は逃れられても、夢の天使は、タリスマンの数だけ人間を殺めたみちるを軽蔑しないで微笑み続けてくれるだろうか。
夕まぐれの少女のような人間こそ、タリスマンの持ち主だったりはしないか。