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密猟界

第8章 狩りの時刻

 ココア色のブーツが、薔薇のアーチをくぐる。薔薇は枯れていたが、白いフェンスに巻きつき、時折、秋の微かな風に震えた。
 小春日だった。石畳のうえに、手折られた薔薇が、一輪あった。…「ユノ?」呼び掛けに、グレーのコートを着た長身が歩みを止め、振り返る。 「兄さん」燕脂の手袋を取った。レラとシウォンが並んで立っていた。
 「チャンミンの見舞いに来たんだ…」ユノは首を振る。「…会えないのか」問うシウォンに、「自分が誰なのかも、わからない」「家族は」「忘れてる」二人は小さく、息を吐く。襟元のワイン色のスカーフが、風に動いた。それを手で押さえ、ユノは少し笑った。「俺がユノって、憶えたらしい」秋の日差しが、頬を明るます。
 「…落ち着いてきたのか」頷き、「面会時間だから、行くよ」背を向け歩きかける。「ユノ─」顔だけ、振り返る。「独りだけで、抱え込むな」「チャンミンは、ここから出さない」笑顔で云った。「ここに、いつでも」陽気に言葉を続けた。
 「いつまでもチャンミンが、いて」栗いろの髪が、風に動く。「俺を待ってる。会える」

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