僕は君を連れてゆく
第2章 クレーム対応術
「失礼します。」
部長室のドアを開けて中に入った。
入ると大きな水槽があった。
「でかいだろ?」
席をたち水槽を見ながら俺のほうへ歩いてきた。
水槽の中は水草がゆらゆら揺れている。
「メダカがいたんだ。繁殖させようとしたんだ。でも、難しかった。手をかけすぎたみたいだ」
「そう なんですか…」
「松岡は…もう電話はないと思うよ。」
「どうして?どうしてそんなことが言えるんですか?」
「ん?松本は行かせないって、言ったんだ。」
「………」
「俺が行くって言ったんだよ。住所も分かってるし、うちの商品好きみたいだし?」
鼻を掻いて笑う部長はあの日、一緒に飲んだ時の翔さんの顔で…
「会ったりしてないよな?」
「えっ?」
水槽を覗きこんでいて表情がよく見えない。
窓から射し込んでくる太陽光が水槽に当たってキラキラ乱反射している。
その光に吸い込まれるように俺も水槽に近づいていく。
ある位置まで来たら翔さんの肩に太陽光が当たっている。
俺に気がついて顔をあげた。
顔に丁度、光が当たって眩しそうにしている。
「まぶしっ!」
「ふっ…すげぇ顔…」
思わず笑ってしまった。
「クレーム対応ってのはかなり重労働だろう?身内も庇うだろ?商品をあからさまに悪いとも言えない。でも、お客様の声にも耳を傾け真摯な姿勢が大切だ。」
そうなんだ。本当に大変なんだ。
でも、上司であるあなたがこんな俺に…投げやりで仕事してた俺をかばってくれるなんて…
翔さんとの距離が近づけば近づくほど自分の力のなさを感じていた。
ただ、頭を下げている毎日にうんざりして俺のやるべきことじゃない。
俺の仕事はこんなんじゃないって毎日、思ってた…
「もう一度、メダカを育てたいと思ってるんだ。手伝ってくれよ…」
水槽の中の水草がゆらゆら揺れている。
俺の気持ちも揺れてる。