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僕は君を連れてゆく

第28章 ハンプ

◇N said

この町で働くことを決めたのは母さんの故郷だからだ。

大学病院や各地の総合病院を巡っての研修時代にドクターヘリに乗る救急医療の研修にも立ち合う事が出来た。

俺がヘリで訪れた村は若い人がいない過疎化の波に飲またところでこの町と同じように独居の老人ばかりいる村だった。

そこで、80代の一人暮らしお婆さんがお風呂場で気を失っていて、意識が戻らないというドクターヘリ要請があった。
頭に大きな瘤(こぶ)が出来ている。
足を滑らせて転び頭を打ったのか、それとも心臓発作によるものか、頭の血管によるものか。
数少ない情報からあらゆる可能性を頭に巡らせた。

ヘリで病院で到着する頃には意識は戻り、右手首の骨折と、頭部打撲という診断をつけた。
予断は許さないが。

この、ドクターヘリでの研修は俺のなかで医者という立場の在り方を考えさせられるものだった。

何かのスペシャリストになることを俺は望んでいた。
循環器か、もしくは脳外科の。
しかし、ドクターヘリに乗る医者は全ての病気の知識を持ち合わせていないと出来ない。

一つの症状からあらゆる病名を考え、一つの病名から治療の選択肢をいくつも考え、その時のその場での最良のものを判断していかなくてはならないからだ。

その選択を一つを迷うと、助かるはずの命を、助けられたはずの命を手放すことになる。

俺はそれに魅了され、研修医を終えてドクターヘリに乗った。

そして、ヘリに乗って6年が経とうとしてる頃、母さんの故郷の町を知った。
 
病院のない町。

俺はそこで働くことを希望していた。

そして、母さんのお墓があることを知った。

最初は墓参りなんて、してやるか、そう思っていた。

俺を責めたあの顔を俺は忘れられなかったから。



この町で人が死ぬ。
俺は何かしてあげれただろうか。

いつも、虚しさだけが俺を包んだ。

じいちゃんの姿を思い出して、心を奮い立たせ
毎日、白衣に袖を通した。

そんなとき、たまたま、公園の前を通った。
導かれるように母の、母さんの墓の前にいた。


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