僕は君を連れてゆく
第28章 ハンプ
そこで、泣いた。
この町で俺が必要とされているのは嫌というほど伝わってくる。
俺はそれに答えることが出来ているだろうか。
時には俺の手にすがり、泣きわめく患者たち。
勘違いしちゃいけない。
きちんと、立場というものを分かっていないと。
虚しさ、やりきれなさ、それは必ずついてきた。
でも、ここに来たらそれらを胸にしまうことができた。
あんな、母親だったけど俺を医者にさせてくれたのはまぎれもなく母さんが働いたからだ。
潤のアパートに着いた。
「潤…ありがとう。一緒に行ってくれて。」
まさか、母さんのお墓に潤と一緒に来ることが出来るなんて思わなかった。
「かず…」
俺を呼ぶ声。
あの頃と同じ。
俺を見つめる眼差し。
あの頃と同じ。
でも、俺たちはあの頃と違う。
潤が車のドアを開けて降りた。
名残惜しくて、引き留めたくて。
潤に続いて車から降りた。
雨はみぞれに変わっていた。
「かず…俺、あの頃と同じ気持ちだよ。」
「あの頃?」
「俺がお前を守ってやるから…そばにいろよ。」
感覚のない指を潤の暖かい手が包んだ。
「ずっと、その言葉に支えられた…俺、潤が守ってくれてるから、頑張ろうって…」
「俺もだよ。また、必ずお前に会えるって思ってたよ。」
「潤…」
「かず…好きだ。」
「俺も、好きっ!」
冷えきったお互いの唇が重なった。
啄むように潤の唇が俺の唇を挟む。
気持ちよくて、ほぉう、と息を吐き出したら潤の舌が俺の歯列をなぞる。
くちゅくちゅと俺たちが奏でるこの音が体を熱くさせる。
「じゅ…ん…」
俺を抱き締める強さ。
俺を見守る眼差し。
あの頃より熱い。
みぞれから雪に変わった。
「冷えるから家に入ろう?」
二人でお風呂に入った。
蒸気で曇る鏡に潤の名前を書いた。
俺を後ろから抱き締める潤がその下に俺の名前を書いた。
あの日、潤にさようならを言えなかった。
「かず…おかえり。」
「ただいま。」
俺たちは始まったばかり。
おわり