テキストサイズ

僕は君を連れてゆく

第40章 沼

―said M


「松本くん!」

帰り支度をしていたら大野に声をかけられる。

でたっ!!!

「やだって!」

「なんで?なんで、嫌なの?」

「俺、別に音楽、得意じゃないし。」

合唱コンクールの指揮をやってほしいとお願いされた。
断った。

そんなのやったことないし。
大野がピアノなら、女子が指揮者をやるんだから。

曲を二人で決めてから、毎朝、改札を出たら大野がいて。
昼休みも、帰りも「指揮者をやってほしい!」と言われる。

最初は遠巻きに見てたやつらも、最近では大野に調子を合わせてきて。

「やれよー!別に女子じゃなきゃいけないなんて、書いてないぞー」

なんだよ、お前ら。
大野と肩なんて組みやがって。

なんなんだよ。
大野まで。
顔見合わせて、「ねー!」じゃ、ねーよ!

「やんねぇからなっ!」

大野たちの声を無視して下駄箱まできた。

「なんなんだよ…毎日…」

大野と二人で決めた『ふるさと』はみんなに受け入れられ、CDを使い練習も始まった。
うちのクラスは男子がやや少ないから女子のソプラノを利かせた構成になっている。

俺はあの日聞いた、大野の歌声が忘れられなくて。

また、あの空間に身を置いたら…

怖いんだ。

大野に、俺でさえも知らなかった俺を見せることになるかもしれない。

それが、どんな俺なのか、怖いんだ。

「松本くんっ!」

「大野…」

ここで、大野と別れる。

「指揮者やって下さい。」

「やだって。」

「俺、松本くんともっと一緒にいたいんだ。」

「………」

「俺、松本くんが、」




「はっ、はっ、はっ……」


俺は大野の言葉を最後まで聞かなかった。
走って、部屋に帰ってきて閉めたドアに背中を預ける。

心臓がドク、ドクいってる。

わかってる。

大野が俺に何を言うか。

そして、それに俺がなんて答えるのか。


「大野…」

名前を口にすると体が熱くなる。

俺を見つめる顔。

俺を呼ぶ声。

その、どれもが俺を熱くする。




ストーリーメニュー

TOPTOPへ