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僕は君を連れてゆく

第50章 こんなにも

それから、智は新作メニューのチェックしてこなくちゃと俺を見て厨房の方へ行ってしまった。

少し上目遣いに人の顔色を伺いながら話すしぐさ。

あちこちからたくさんの人が楽しくおしゃべりしてるのに俺の耳には智の声しか聞こえなくなってしまったみたいだ。

まだ、こんなに、こんなにも俺は智を。

「そんな顔するなんて、珍しいね」

「……えっ!え?」

急に他の人の声が聞こえて驚いた。

「今、俺の存在消してたろ?ひどいなぁ~」

「いや、別にそんなことは…」

岡田くんはほぼ空のグラスを傾けた。

氷と氷がぶつかって音がする。

「あれが、櫻井の心を占領してる人なんだ」

「占領なんて…別に」

岡田くんがジッーと俺を見つめてくるから、
なんとなく目をそらす。

「どんなに誘っても断られるのはそういうことなんだ」

「誘うって…」

気がついていた。
でも、気がつかないふりをしていた。

「あの人が好きなのか?」

「………」

岡田くんは俺の手を握った。

「そろそろだろ?」

そう。
もう、くる。

発情期が。

薬で抑えることは出来るけど、疼く体を
いつも満たしてくれるのは彼なんだ。

岡田くんが俺の握っていた手を開いた。
手のひらを指でくすぐる。

「岡田く、ん、それ」

ニヤリと笑う岡田くん。

「出よ」

俺の手をもう一度握り席を立つ。

フラフラっと後を追うように立ち上がる。

会計をする岡田くんの背中を見ていたら
「忘れ物じゃないですか?」

「え?」

振り返ったら智がいた。

「行こう」

「え?なん、で?」

腰に腕を回され、また店内に連れ戻された。

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