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僕は君を連れてゆく

第57章 名前のない僕ら ―身勝手な恋心編―


俺の前を歩く兄さんは家のなかとは別人のようで。

猫背な背中はまっすぐで耳にささる白いイヤホン。

長袖のシャツは袖のボタンも、前ボタンも全部ピッチリとめられている。


あのイヤホンからは何の音楽が流れているのだろうか。


気がついたら、兄さんの背を追い越していた。


俺を見上げ微笑む顔。


体は細くて背も低いくせに、優しくていつも
守ってもらってるような。


優しい兄さんが好きだった。


電車に揺れる兄さんの髪の毛。

真っ黒な髪は何にも染まることない、兄さんを
あらわしてるかのようで。

「あっ、なにすんだよっ」

耳に刺さるイヤホンを外した。

「ねぇ、来週母さん職員旅行なんだって」

「知ってる」

「なに、食べたい?母さん、お金置いてくって言ってたからさ、なんか食いに行こう」

「行かない」

「ニノ!」

俺と兄さんの間に割って入った声。

「声、でけぇよ」

「弟くんも、おはよ!」

「はよーございまぁす」

兄さんはそんなに友達の多い方じゃない。

だけど、この人、相葉センパイとは気が合うみたいで、一緒にいる。

「昨日のテレビ見た?」

「見てないよ」

「なんで?面白いから見ろって教えたじゃん」

「そんなことより、課題やってきたのかよ?」

「そこはニノがいるから安心!」

「なんだよ、それ」

この人がくると、俺は話に割って入ることが出来なくなる。

悔しいけれど、相葉センパイといる兄さんを見るのも俺は好きだ。

18歳らしい兄さんを。

「潤!」

「おはよ」

「おはよう、ねぇ」

兄さんと何の話をしてるのか、どんな顔で話してるのか。

俺は見てる。

ずっと。

「席、空いたよ、座れば?」

クラスメイトの女子に席に座るように声をかけた。

「優しいよね、潤は」

俺の鞄を「貸して」と膝の上に乗せてくれる。

柔らかそうな女の子の太もも。


兄さんの震える太ももを。

昨日の兄さんを思い出してた。



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