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僕は君を連れてゆく

第57章 名前のない僕ら ―身勝手な恋心編―

雅紀が乗ってくる駅まで3つ。

何の音も聞きたくなくて、イヤホンをするようになった。

別にどんな音楽だって構わないけど、雅紀がすすめるバンドの新曲をダウンロードしたりしてる。

「聞いてんの?」

雅紀が俺の右耳のイヤホンを自分の左耳にした。

再生させたら、雅紀は微笑み親指を立ててきた。

だから、俺も同じように返した。

「じゅーん!今日の帰りみんなでカラオケ行こうよ~」

「今日、バイトなんだよ」

「えぇ~!最近、シフト入れすぎじゃない?」

聞きたくないのに。

席に座る女子の前でつり革につかまりしゃべってる。

気がついたら、俺の背を追い越していた。

見上げるその顔は俺をいつも信じて受け入れてくれた。


のに


「じゃ、早退しよ~よ~」

「早退して、ナニすんの?」

「わかってるくせに」


俺たちは兄弟だから。


弟がどんな奴と付き合おうが知ったこっちゃない。


物わかりのいい兄をずっと演じてきたのに。


あの日から、それが出来ない。


「ニノ」

「え?」

「いいの?弟くん、サボる気、満々じゃん」

「別に、成績下がってるわけじゃないからいいんじゃない」

「ニノに似て頭いいんだよなぁ~、なんで?バイトしてんでしょ?」


似てるのか?

俺たちは。

背中をじっと見てたら、スマホが鳴った。


【見すぎ】

潤が俺を見てる。

潤を見たら、また、スマホが鳴る。

【誘われたから、帰りは遅くなる】

潤は、俺を見ない。

「ね、帰りボーリング行かない?」

「行く」

「マジで?久々だなぁ~、ニノとボーリング!」

「声がデカイんだよ」

弟の帰りが遅くなるんだから、俺だって遊んだっていいはずなのに。

なんで、こんなに後ろめたい気持ちになるんだろう。


潤を見たら、潤は、笑ってた。



背中がゾクリとして、背筋がジーンとした。






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