僕は君を連れてゆく
第57章 名前のない僕ら ―身勝手な恋心編―
「ねぇ、家にくるぅ?」
帰ろうと鞄を持ったらクラスの女子に声をかけられた。
そうだ。
忘れてた。
「潤!カラオケ行こうぜ~」
バイトだからどちらも断りたいけど。
特に返事もせずに教室を出た。
階段をおりていたら目に入ってきた真っ黒な艶のある髪の毛。
俯いてスマホを弄ってる。
「あれ?潤のお兄さんじゃね?」
みんなが兄さんを見る。
慌てた兄さんは鞄を落として荷物をぶちまけた。
兄さんを囲った俺たち。
俯く兄さんを見下ろすと真っ白な襟足が見えて。
それとは反対に恥ずかしいんだろう。
耳は真っ赤だ。
「お兄さん、顔赤くない?かわいい~」
そう言われてますます耳が赤くなってる。
「かわいい」とか、言ってんじゃねぇよ。
俺は、ワガママだ。
自覚してる。
子供の頃から、泣いたり、怒ったりして欲しい物を手に入れてきた。
俺が泣くと父さんも母さんも困った顔してて。
兄さんは優しく、俺になんでも譲ってくれた。
俺が出来ないことを誰かがやってるとムカつく。
俺が知らないことを誰かが知ってるとムカつく。
だから、勉強もきちんとやった。
ワガママなくせに成績も悪いなんて誰からも相手にされないと気づいたから。
身なりにだって気をつかった。
ワガママなくせにダセェとか、あり得ないから。
そして、一番許せないのは、
他の誰かが兄さんを誉めること。
相葉センパイは好きだけど嫌い。
ムカつくけど、好き。
恋する乙女みたいなこと言ってるけど。
兄さんをかわいいなんて言ってんじゃねぇよ。
兄さんがトイレの前に立ってなければ。
気がつかないで、今ごろカラオケに行ってたのに。
それで、そのまま女の子の家に行って
気持ち良くなってたはずなのに。
なんで、こんなにイライラするんだろう。