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僕は君を連れてゆく

第60章 名前のない僕ら―隠した恋心編―

「兄さんって大学どこ受けるんですか?」

「兄さんって…」

「最近、毎日塾で遅いし…県外の大学受けるってちょっと聞いて…俺、そんなこと全然知らなくて…
なんで、兄さんは俺に話してくんないんだろうって」

泣きたくないのに、泣きそうで。

「父さんと母さんは知ってるんですか?なんで俺だけ…」

泣いたら、ダメなのに。

「落ち着け」

と、対面のソファーに座るように促されて。

浅く腰かけた。

「なんか食うか?」

中居先生は立ち上がり職員室の冷蔵庫をあけた。

「こんなものしかないけど」

と俺に差し出したのはリンゴ。

俺は先生を見た。

「切ってやるよ」

戸棚を開けて包丁とまな板を出してリンゴを器用に剥いていく。

「案外、うまいべ?」

かじるとサクっといい音がした。

「俺、早く大人になりたい」

「そんないいもんでもねぇぞ」

「そうすれば、行きたいところに行きたい人と行ける」

「兄貴も言ってたぞ」

「え?」

「早く大人になりたいって」

早く大人になりたい。
そうすれば、兄さんと同じ立場になれるのに。

「兄さんが…」

「先生たちからすれば、お前も、兄貴も、まだまだ子供だよ」

中居先生は笑ってリンゴをかじった。

わかってる。

高校卒業したからって大人になれるわけじゃない。

でも、俺にはまだなんにもないんだ。

「さぁ、帰れ」

「ご馳走さまでした」

帰り電車に揺られながら中居先生の言葉を思い出してた。

兄さんも大人になりたいんだ。

俺からすれば余裕そうに見えるのに。

なんで大人に?

俺から逃げたいとか?




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