マリア
第9章 傾想曲
「じゃ、二宮くんのお母さんは…」
潤「…交通事故。即死だったそうだ。」
「即死…。」
潤「…夜勤明けの帰りだったらしい。」
「でも、交通事故、だったんですよね?人殺し、って!?どういう…」
潤「あの子が母親のお腹にいた時、僕の母親がもうとうに亡くなっていたにも関わらず、祖父母が父との結婚を許さなかったんだ。」
「どうして?」
潤「家に相応しくない、と…。」
まるで、重たい荷物を少しずつ下ろしてゆくように、
先生はぽつりぽつり、言葉を紡いでいく。
潤「しかも、中絶させようとしていたのにだ、生まれた子供が男の子だ、と分かった途端に、手のひらを返したように入籍させようとしたんだ。」
苦しそうに笑う先生の横顔。
記憶に新しいその横顔は、
いつだったか、先生が僕に言ってた、「君に似た子」を知ってる、と言って笑った顔そのものだった。
潤「彼らにあんな酷いことをしておきながら…」
そうだったのか……
その、「君に似ている子」って、
今、目の前にいる先生自身のことだったんだ。
潤「自分たちが彼らを追い込むようなことをしておきながら手を差しのべようとしていたんだからお笑い草だ。」
俯き声を震わせる先生の顎先からは、
頬から伝い落ちる透明な雫が、
流れては落ちていった。