マリア
第1章 葬送曲
翔side
しばらく、大人たちの話題の中心になっていた俺は、
表にいたはずの黒い傘を差した人物が建物の中に入ってきたことなどに、
全く気づいていなかった。
「最初に気付いたのが、あの子のお兄ちゃんでしょ?」
「でも、もう手遅れだったらしいね?」
無責任な大人の会話に、ボンヤリ耳を傾けていた俺は、
いつの間にか彼らの背後に佇んでいた学生服の少年を見てギクリとした。
「さ、智…くん。」
俺の言葉に、その場にいた大人たちが一斉に振り向く。
そして、ばつが悪そうにもっとらしい言い訳を口にしながら各々その場から立ち去っていった。
智は、
彼らが立ち去った後、制服に点々と付いた水滴を手で払い、
俺の隣に座った。
「お茶、飲む?」
智「…うん。」
そんなにも雨に濡れたことが気になるのか、といった感じで、
智は俺が目の前にお茶を出してやるまで、
制服をパタパタと払い続けた。
湯呑みに伸びる綺麗な五本の指。
その指が湯呑みを持ち上げて唇の奥へとお茶を流し込む様を、
俺は黙って見ていた。