マリア
第18章 虚偽曲 ①
智でもなく、婚約者でもなく、その、第三の人物に本気、って何だよ!?
だったら、何で智に手を出したりするんだよ?
何で智を弄ぶんだよ!?
智「でも、僕、先生のこと嫌いになれない。」
「遊ばれてたんだぞ?」
智「それでも…」
智はテーブルに顔を押し付けると、小さく鼻を啜った。
……『俺にしとけよ。』
何度となく喉元を突っついては出てこなかった言葉。
その言葉を無理に押し出そうとすると、色んな想いが入り交じって待ったをかけてくる。
目の前で、背中を丸め咽び泣く智を抱きしめたいのに、他の男の精で汚れた手では触れることさえ躊躇われた。
俺は智に相応しくないんだ、って思い知らされる。
が、中途半端に伸ばされた俺の手に、俯き加減に顔を上げた智の指先が力強く絡んできて、その唇からは救いを求める言葉が紡ぎ出された。
智「教えて?僕、どうしたらいい?」
「あ、あの……」
智「ねぇ、翔くん。」
「智く……」
智「苦しいんだ…」
俯いたままの智の瞳からこぼれ落ちた涙が、重なり合った手と手を濡らす。
「でも俺…」
『俺にしとけよ。』
そんなこと……言えるわけない。
俺のせいで傷ついた智にそんな無神経なこと…。
「ゴメン、俺…」
手を離そうとすると、離すまいとする智の指先が追いすがる。
智「こんなこと、翔くんにしか言えない。」
「智くん…」
智「やっぱり僕には翔くんしかいないんだ……。」
「さと……」
油断もあったのか、
繋いだ指先に引き寄せられた俺の体は、
智の体を腕の中にしかと受け止めていた。