マリア
第22章 遁走曲
『言う通りにしてくれたら手荒なことはしない。』
その言葉を信じた訳じゃなかったけど、
しばらくじっとしていたら、
言った通り、俺を自由にしてくれた。
「ちょっと気になる話を耳にして確かめたかったんだ」
その人は尚も柔らかい口調で続ける。
「君は…二宮…二宮和也、って子を知っているだろう?」
「えっ!?」
この人……!カズの知り合い?
「何か、知ってることがあったら教えてほしい。」
俺は襖一枚で隔てた奥の部屋をちら、と見やった。
「いえ…何も…」
「どんな些細なことでもいい。知ってることがあったら…」
あくまで知らぬ存ぜぬで通そうと思った矢先、
奥の部屋からごとり、と音がした。
「誰かいるの?」
その人が部屋の方角に顔を向けた。
すると、立て続けに物音が聞こえてきて、
単なる気のせいとはいえなくなってしまう。
「え……と、友達…です。」
「友達?」
「は、はい。」
事実、カズも友達だし。
そんなことより、この人は…
「そういうあなたはどなた……ですか?」
「あっ…ああ、申し訳ない。僕は…」
その人は帽子を脱ぎ、ボサボサの髪を手櫛で整えながら、
『兄』だ……と、
二宮和也の兄だ、と告げた。