マリア
第29章 追想曲
「やあ、来たね?」
「お元気そうで何よりです。」
付き添いの女性と共に、車イスに乗って毎年のように訪れている老人。
その人が、俺の手の中にあるバラの花束を見て破顔した。
「智は幸せものだな?」
と、その人は、一歩下がって俺のためにスペースを空けてくれる。
「こんないい友達と出会って…」
「………。」
彼は智の母方の祖父で、若い頃は古典の教師をしていて、
智と礼音の名付け親でもあった。
「初めは、双子とだけ聞いていたから男と女、どちらの双子でもいいようにと名前を考えていたんだが…」
男女の双子と聞いて、慌てて今の名前に決めたのだ、という。
「仁と智、安義(あき)と礼音で考えとったんだがね?」
でも、と、俄に老人は顔を曇らせた。
「どうしてこんなことに…」
そう、ここは智の母親の里。
体裁を気にした智の父親が、大野姓ではない、母親の里の墓に智を葬ったのだ。
「大それたことを仕出かしたとは言え、我が子を別々に葬らねばならんとは…」
老人は墓標を見つめたまま唇を噛みしめた。