
マリア
第29章 追想曲
今となっては、全部が懐かしい思い出だ。
でも、君がいなくなったすぐあとの俺は、
君を失ったあとの俺は文字通り完全な魂の抜け殻だった。
食事も摂らず、
カーテンを締め切った部屋の片隅でただ日々を過ごしていた。
スマホの電源も落とし、
テレビやラジオ、パソコンや雑誌からも目を背け、
外から聞こえてくる楽しそうな声にも耳を塞いだ。
そんな俺を心配した家族は、俺の好物だとか、興味を示しそうなイベントだとかに連れ出そうとしてきたが、
その隣にいるべきはずの君がいないと分かるとそのすべてに背を向けた。
そんな俺を見かねた両親は、ついにある心療内科の扉を叩く。
潤「君は確か…」
変わり果てた俺の姿に、松本先生は酷く驚いていたが、
先生は、
同じく、突然の再会で声も出せないでいる俺にゆっくり近づき、手を握りしめた。
潤「辛かっただろう?」
不思議だ。
その人のその言葉を聞いた途端、
それまで永久氷壁の中に閉ざされていた心に、急に一筋の光が差し込んだように心の中が温かくなって、
次から次へと涙がこぼれ落ちた。
先生は泣きじゃくる俺の背中を、
俺が泣きつかれて泣き止むまでずっと撫でていてくれた。
「すいません、俺…」
潤「ん?気にしなくていいよ?君のような患者さんは珍しくないからね?」
先生はにこ、と笑うと、
パソコンのキーボードを軽快に叩きはじめた。
