マリア
第29章 追想曲
「そう…なんですか?」
潤「電話じゃなんだから直接話をしよう、って、和也が出掛けている間に来てもらったんだ。」
マンションの入り口で立ち尽くしている智に何度も上がるように言い、
その、何度目かで智はやっと部屋に上がってくれた。
適当に座っているようにと言い置いてから先生が車イスの向きを変えた途端、
智は頭を床に擦り付けるようにして、その場に蹲った。
すみませんでした、と、謝罪の言葉を繰り返しながら。
先生は食器をシンクに運び終えてから、戸棚の前に移動し、コーヒーカップを二客取り出す。
手を貸そうと、俺が慌てて先生の側に駆け寄ろうとするも、片手をあげて止められた。
潤「椅子に座るように言っても聞いてくれなくて…。」
先生は苦笑しながら、コーヒーメーカーにコーヒー豆をセットした。
静かな部屋の中で、コーヒー豆を挽く音だけがやけに煩く聞こえた。
潤「僕は…何故彼がそんなことをしたのか、理由を知りたかった。」
そして、静かになった頃合いを見計らって再び口を開いた。
「聞いた……んですか?」
潤「うん。話してくれたよ。」
振り向いた先生と、
話の続きを促すように先生を見ていた俺と目があった途端、
先生に笑われてしまった。