マリア
第30章 祝歌
身重の彼女が心配だからと、雅紀はその足で帰るのだ、と言った。
俺は慌てて帰ろうとする背中を呼び止め、子供の名前は決まっているのか、と訪ねた。
雅「全然。時間があったら名前辞典とか見てるけど、俺、頭悪いからどんな名前がいいのか分かんなくて…。」
そんな雅紀にこの人だったら、と、
その人の連絡先を書いたメモを渡した。
「もし、どうしてもお手上げだったら、その人に連絡してみて?」と。
雅「ありがと。でも、この人、どんな人なの?」
「ん?俺がお世話になっている人。」
雅「ふうん。」
雅紀は首を傾げながら、乗り込んだタクシーのウィンドウを上げた。
ウィンドウが閉まり、タクシーが動き出すまで、
二人は口パクでありがとうを言いながら手を振った。
ありがとう、なんて、
お礼を言いたいのは俺の方だよ、雅紀。
礼音…。
『良かった。間に合って…。』
雅紀の乗ったタクシーの姿が見えなくなるまで見送る俺の頭に降り注ぐ優しい声に、
思わず天を仰ぐ。
『翔くん……。』
智……。
また……君に会える。