マリア
第5章 三重奏曲
智「ねぇ、翔くん。」
窓の外を見つめたまま智が話しかけてくる。
智「前から聞こうと思ってたんだけど…。」
窓に映る智の顔と、それを見つめる智の横顔を交互に見比べながら智の言葉を待つ。
智「翔くんは礼音のことどう思ってるの?」
「どう…って…?」
智「好きとか…嫌い、とか。」
俺は思わず智の横顔から顔を逸らし、唇を噛みしめ俯いてしまった。
智「翔くん?」
名前を呼ばれて顔をあげると、
真剣な顔つきでこちらを見ていた智と目が合う。
智「もし、好きじゃないんなら無理して…」
「そ、そんなことないよ?」
再び顔を逸らし、肩にかかる重みを感じながら繰り返した。
「そんなこと、ないから…。」
智「そ。よかった…。」
…どうして…なんだろう?
安心したように笑う智に胸が痛んだ。
智「でも、今日のことはゴメンね?いきなり突き放すようなことをした僕にも責任あるし。」
「う…うん。」
智「礼音にはよく言って聞かせるから。」
吐き気がする。
もちろん、電車に酔った訳じゃない。
智を安心させるために言った自分の言葉が、
本当に言うべき言葉を胸のごく浅いところで塞き止めてしまっていて、
ソイツがずっと胸の中でぐるぐると渦を巻いているような気がして、
吐き出せないでいることが、
気持ち悪かった。