
わたし、お金のためならなんでもします。
第1章 プロローグ
換気の悪いせまい部屋の中はあいかわらずカビのにおいが充満していて、湿っぽくて粘っこい空気が立ち込めていた。
それはともかく、この男にはまったく見覚えはない。だからといってさほど疑問を感じることもない。
と、いうのも指名をしてくるのはなにもリピーターばかりとは限らないからだ。
わたしの場合はとくに、店のホームページにスリーサイズを記した下着姿のプロフィール画像を載せてるから(もちろんスリーサイズは盛りまくってるし、顔はモザイクを入れている)むしろ、それに騙されて指名してくる人のほうがはるかに多い。
そんなことより、この男の服装が「変」というよりかなり怪しい。
ラスベガスのマジシャンじゃあるまいし、ゴールドのスーツにシルバーのシャツなんてありえないし……。
おまけに豹柄のネクタイとシルクハットというあまりにも異常すぎるコラボレーション。
「あ、あのぅ…60分のコースでいいですか?」
動揺を必死で隠しながらわたしは男に訊ねた。
すると男は、飢えたオオカミみたいにペロリと唇を舐め回しながらわたしの目をジーっと見つめ、そして無言のままコクリとうなずいた。
正直、一刻もはやくこの場から逃げだしたかった。
けれどわたしには逃げられない理由がある。
最悪なことに、明日中に10万円を振り込まなければクレジットカードが使えなくなってしまうからだ。
わたしにとってクレジットカードが使えないということは、手錠と足枷をはめられたまま無人島で暮らすのと同じことだ。
それだけはなんとしても食い止めなければ。
わたしは仕方なく覚悟を決めてバッグからケータイを取り出して店に電話を入れた。
