風鈴ちゃん
第1章 風鈴ちゃん
女は、そう言うとぺこりと頭を下げ、そして、僕の脇をすり抜けるようにして部屋の中へ入ってきた。
「ちょっと」
制止する間もなく、女は玄関でハイヒールを脱ぎ、リビングまで駆け込んでいく。そして散らかったリビングを見渡しながら、うわあ汚い部屋ですねえなどと言っている。
あまりに突然の出来事に唖然としてしまったものの、僕はすぐに冷静さを取り戻した。彼女を追ってリビングへ戻る。
「なに勝手に入ってるんですか」
きつめの声を出してみたものの、女は意に介さない様子で小首をかしげた。長い黒髪がさらりと垂れ下がる。
「あなたが注文なさったから伺ったんですけど」
「僕が注文したのは風鈴だ。変な風俗まがいのことなら出ていってくれないか」
「風俗ではありません。私はあなたのご注文された風鈴です」
「なんだって」
「ですから、私が風鈴なんです」
これは妙なのに引っかかってしまった。警察を呼ぼうと思ったが、あとが面倒くさそうだ。なんとか説得して出ていってもらった方がいいだろう。もし暴挙に出られたとしても、この小柄な体格の女が相手なら危険なこともないはずだ。
しかし説得するにしても、それはそれで面倒くさい。額に指を当てて頭を振っていると、女は窓際に立ち、
「ちりん」
と言った。
「なんだ、今のは」
「音です。風が吹いたので、鳴ってみました」
「鳴ったんじゃなくて言ったんだろ」
「ちりん」
僕の言うことなどは無視しているようだ。これは相当に面倒くさい。
「出ていってくれ」
「ちりん」
やはり無視だ。厭になって僕は床に座り込んだ。
「ちりん」
テレビをつけて、見たくもない昼間のバラエティ番組に集中する。
「ちりん」
昼間の番組は面白くないな、と思う。
「ちりん」
「うるさいなッ」