風鈴ちゃん
第1章 風鈴ちゃん
僕が怒鳴ると、女は驚いたようにはっと口を開けて、その口を手のひらで隠した。
「す、すみません。〝ちろりん〟くらいの方が良かったですか」
「いや、音の種類の問題じゃない」
窓際に立つ女を見あげながら、僕はげんなりとした気分で抗議する。
「まず僕の部屋にいるということが鬱陶しいし、窓際に立たれると風が来ないから暑いんだよ。出ていってくれ」
「私、出ていかなくちゃいけないんですか」
目尻に涙が浮かぶ。明らかに泣く前兆だ。
「分かった分かった」
慌てて止めた。
「とりあえず窓際から離れて、こっちの部屋の隅にいてくれよ」
本棚の置いてあるほうを指さして、そこにいてくれるように頼む。女は素直に、僕の指示した方へ歩いて行って、そこに座り込んだ。膝を抱えて丸くなる。
静かになった。……と思ったら、
「あの、ここにいたら風が当たらないから鳴ることができないんですけど」
と来た。
「いや、きみの場合は鳴ってるんじゃなくて言ってるんだから、勝手に言ってればいいだろ」
「ちりん」
いじけたように口を尖らせている。
「小さな声で頼むよ。僕に聞こえないくらいに」
「それじゃあ私の風鈴としての存在価値がありません」
「きみは風鈴じゃなくて人間だろう」
僕は座った体勢のまま上半身をひねって、背後にいる女にぐいと詰め寄った。顔を近づけて睨みつける。
「私は風鈴です」
女も負けじと言い返す。
「どこが風鈴だよ。だいたい風鈴は喋らないし動きもしない。それに、こんなに大きなサイズの風鈴は見たことがない」
「不純ですッ」
次の瞬間、頬に衝撃が走った。視界が揺らいで目眩を感じた。そうしてようやく、頬に平手打ちを喰らったのだと理解した。
「何すんだよッ」