貴女は私のお人形
第5章 きっとそれはあたしも同じで、
「高校にいた頃、あたし、軽音部でしたの。とても面倒見の良い先輩がいて、彼女は、妹でしたわ。同級でしたから、それまでにも廊下ですれ違ったり、彼女の所属していたハンドベル部の定期演奏会で見かけたことはありました。ただ、彼女と私が話すようになったのは、先輩の紹介で、顔を合わせてからのことです」
クラスも違った。面識などほとんどなかった少女との出逢いは、昨日のこと同然に思い出せる。
「彼女と、先輩とそのお友達、そしてあたし。それからあたしと同学年の、軽音部の女の子。いつも五人、一緒にいました」
「その頃から、乙愛は彼女を?」
「ひと目惚れでしたもの」
「素敵な方だったのね」
「はい。……あたし、いつもファンですなんて言って、彼女の隣にいました。彼女の隣は、あたしの特等席。なんて、グループ内では、ちょっとそんなことになっていて」
自然と口許が緩む。
あの頃が、一番、乙愛は幸せと呼べたのではないか。
純に対して気が咎める。それとは裏腹、乙愛の閉ざしてきた来し方は、堰の切れたように溢れ出す。
「ファンだなんて嘘でした。彼女に触れたい、触れられたい。そんなことばかり、感じていました。あたしは、彼女の唯一無二になりたかった。けれど、そんなこと伝える度胸はありませんでした。差し障りのない言葉を選んで、彼女に甘えているだけで、満足でしたわ。そして、昨年」…………
甘く柔らかな日常は、続かない。空の色彩が微妙に移ろうより明確に、めくるめく文明に追い立てられながら日々を送る人間など、けだし変わるために存在している。
乙愛らも、いつかは変わる。かつて愛した少女の姉が都会へ上京していったのと同様、きらびやかな幻を夢に描ける片恋など、それが片恋でなくても分からないのだ。
終止符を早めただけのこと。
恋という概念を必要としなかった少女に、恋心を押しつけようとしただけのこと。
純が乙愛を見つめてくれている目が、優しい。
柔らかで温かな純の眼差しは、不可視の腕で抱き締めてくれているようだ。