貴女は私のお人形
第5章 きっとそれはあたしも同じで、
「……彼女に、夢を見ていました」
「夢?」
「彼女は、あたしの夢でした」
「…………」
「不幸自慢、聞いて下さいますか?」
「乙愛の意思なら、朝まででも」
見合わせてでもいたように、乙愛の目と純のそれが交わった。
「あたしの家、破産宣告しているんです」
純のまとう空気が変わった。
それは、神妙な話の途中に割り入った諧謔に、乗せられた無邪気を振る舞うように。
そう感じたのは、これから打ち上げようとしている事実が、純の耳にはあまりに不似合い。そうした乙愛の偏見所以か。
「経営の失敗です。父の実家は、地方では、そこそこ力のある地主の家系です。そんなところで生まれ育った父は、家族を満足させてきただけの、エリートらしい道を歩んできたのでしょう。彼を凋落させたのは、庶民の家庭に育った無能な母だと、彼の姉夫婦は責めました」
乙愛の父、敏也と同じ境遇で育った叔母にも、彼に似ているところがあった。自尊心だけは抜きん出ていた。自分自身こそ正常なのだと、信じて疑わなかった。
かつて父の眷属は、乙愛にも、下品な嘲笑を浴びせたものだ。
「母は、心から笑えなくなりました。サラ金が通っていた時分、父に代わって対応していたのは母です。父は、自分は頑張ったのだと。経営を立て直すために駆け回ったのだと。……実際は、雪崩れた砂利の山に水も差さずに渇いた土を投げつけていただけのようなものですけれど。そして、一人、厳しい風当たりに晒された母は……家が落ち着いたあとも」
開いた傷は癒えなかった。瘡蓋は、その肉体に初めから備わってでもいたように、彼女の一部と馴染んでいた。疼かない。瑕疵でさえなくなっていた。
そして母、唯は、いつもどこか遠くに意識を馳せている。普通の日常。乙愛が普通と誤解していた平凡をしのぐ栄耀の妄想にとりつかれて、裕福層を憎悪して。
そして虚ろに呟くのだ。
楽しみも、悲しみも、なくなった。
昔は乙愛との時間が最も楽しいと豪語していたあの唯が。