テキストサイズ

貴女は私のお人形

第5章 きっとそれはあたしも同じで、



「生きたくないだけの根拠がない。それって、生きる理由。そう考えれば、少しは楽になれるのではないかしら」

「純様……」


 やはり、純は乙愛の神様だ。
 天使の姿を借りた。…………


 悩み相談には答えられないと聞いていたのに、純は乙愛に言葉を与えたばかりか、解決にも導いている。



「ねぇ乙愛」


 純の手が、乙愛の片手をやおら掬った。


「貴女は私のお人形」

「純様……?」

「貴女の、生きる理由。少しだけ、私にしてくれないかしら」

「えっ……」

「彼女の代わりなんかじゃない。貴女が、気になって仕方がなかったの」



 片手と片手の指を組んで、純は、乙愛を腕に引き寄せた。


 思考がまともに働かない。



 ずっと、他人に臆病になっていた。乙愛は、愛情であれ友情であれ、温もりを孕んだ他人の情(こころ)というものを、素直に受け取れなくなっていた。

  
 自分が誰かに、好意を持ってもらえるはずない。


 揺るぎないものが欲しいなら、それは誰かに与えてもらうものではないと、今日まで乙愛は信じていた。
 与えられて、失って、大きすぎる喪失感に虐げられるくらいなら、初めから何も持たないでいる方が、ずっと落ち着いていられるからだ。


 しかし、純なら、乙愛は信じられる。


 与えられるだの、与えたいだの、そうした利害の問題ではない。

 単純に、乙愛は純の側にいたい。愛したい。

 理性で他人を愛せない。事実、溢れんばかりの想いが奔流した時は、理性で制止をかけたとしても止まらないのだ。



 『乙女の避暑』五日目、明日は特別な企画は組まれていない。乙愛は純に、一緒に過ごそうと提案された。

 思考が正常に機能しないまま、暗示にでもかかったように、乙愛は純に頷いた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ