貴女は私のお人形
第6章 もし、二人、似ているなら
「大人に、と言うか、人間になりたくなかったんですの」
「人間に……」
「世界は、強すぎます。そして正しい。この世界の他に住むところはないから、人間にとって、この世界が全てです。それだけ絶対的なものが、現実と呼ばれているところにはある」
淡々と、乙愛は話す。
「それは間違いではないんですわ。誰かが決めたわけでなくても、間違いではない。だから、執着するんです。人間達は、この無二の世界を、より居心地良くするために、あの手この手を使います」
ステイタスを維持するために、あるいはより高みを目指さんと、他人を平気で蹴落とす人間。そうした彼らは乙愛を食傷させてきた。
彼らの言葉を借りるとすれば、生きるため、安寧のために、人間は手段を選ばない。
父、敏也は、まだ救いようがあったろう。乙愛ら家族や社員らのために、いかに狡猾に世を勝ち抜けるかを考えていた。
家族や、友人さえ、駒としてしか見なさない人間とている。敵愾心は、敏也の下で働いていた社員達の間にもあった。老若男女も問わない。
乙愛の通っていた学校にもいた。教師に媚びる生徒もいたし、群に馴染むために興味もなかろう装いをして、自分では根拠も語れなかろう流行に従う生徒もいた。
人間は、自分本位だ。
大切なものがあったとしても、つまるところ、そのものさしは利益の有無だ。
「今も、あたしはお人形になりたいです」
「十分、乙愛はお人形だわ」
「あたしは、人間の身体に生まれてしまいました。だから、悲しいのはいや。寂しいのも、傷つくのも、いや。人間の身体に生まれたことほど、気持ち悪くて、怖ろしい悲劇はありません」
「…………」
「あたしにも、穢れた遺伝子が組み込まれています。純様の美しさが必要なのは、あたしの慰めになるから。お洋服を買うために、バイトをしてお金を稼ぎます。風邪をひいたら、そのまま死んでしまうのではないかと、普段は意識しない、生への執着を自覚します。明日、もし天変地異でも起きて、住むところがなくなれば、途方もなくなることでしょう。夏休みが終われば、また学校へ行く。興味のない必修科目の授業にも出て、無事卒業出来るよう、単位を取るために頑張ります」