貴女は私のお人形
第6章 もし、二人、似ているなら
「何だテメェ!」
尻餅をついた少年の顔が、赤く染まった。
みずみずしいトマトの匂いが鮮やかな色の飛沫を広げて、少年の黄色いTシャツを無様にしていた。
今しがた少年を地面に叩きつけた天使の、純の立っている方に、乙愛は視線を巡らせる。
「空き缶、お預かりします」
家族連れの母親がしずしずと純に近づいた。その瞳は潤っていて、乙愛には、彼女が恋する少女に見えた。
「有り難う。助かった。せっかくのジュースを台なしにして、あとでお詫びはするから」
「いえっ、良いんです……お役に立てて光栄です!」
女の声が上擦っていた。心なしか息も荒い。
花恥じらう乙女のように俯いて、彼女は伴侶と娘を連れて、純の手を離れた空き缶を抱えてそそくさと去った。
「ごめん、乙愛。貴女を一人にして」
真っ白なドレスの裾を揺らして、純が乙愛に駆け寄った。夾雑物には目もくれないで、たわやかな腕に乙愛を収める。
屈辱も恐怖も拭われてゆく。憎しみさえ、純の体温が安堵へ変える。
「ゴスロリの仲間か──」
「五月蠅いっつってんだよ!!」
「……っ?!」
さっきから、乙愛は耳がおかしくなったか。
純らしからぬ、口調に声音。それはきらびやかな温室に咲く歌姫からは想像つかず、されど麻薬のように乙愛を捕らえる。
「ゴスロリの癖に生意気だなぁこら」
「ハーレムショットで写メお願いしまーす」
またぞろ伸びた少年の腕は、乙愛に至ることはなかった。
「ん、く……っ」
「お前らがどうチャラチャラした犬になり下がっても、私達には関係ない」
純が少年の腕をねじ上げて、その図体を彼の友人めがけて突き飛ばす。正鵠は、彼自身と変わらなかろう体重をまともに食らってドミノ倒しの犠牲になった。