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貴女は私のお人形

第6章 もし、二人、似ているなら




 少女は、いわゆる名家に生まれ育った。

 華族の血を引くその一族は、戦後、一度はその権威も減退した。そこで新たに事業を成功させた当時の当主が、家名を再興したのである。

 だが、かつて高度経済成長期の特恵を借りたグループに、一年ほど前、再び暗雲が立ち込めた。
 会社が倒産の危機に陥った時、現れたのが、少女の父の元部下の男だった。以前から少女に目をかけていたという。とうに長年仕えてきた会社を辞めていた彼は、想い人の両親に破格の資産を約束した。二人の大人は彼女を諭した。それが彼女の幸福だと。生活の富裕こそ、否、くだらない庶民じみた下流階級の上に立ってこそ、女は初めて満たされるのだと。



 大学を出る少し前、少女が純に打ち明けた話だ。





 …──何もいらない。このドレスを脱ぎ捨てた私と、一緒に逃げてくれるなら、私は純以外何も望まない。





 こうにも愛おしくかけがえのない彼女を生き地獄に見捨てるだけの覚悟が、純にはない。


 だからこそ招かれざる客として、結婚式会場に乗り込んだ。



 彼女の不本意の結婚話は、彼女を除いて進んでいた。その間、純が出来たことと言えば、何もなかった。何もしなかったと言うべきか。

 彼女とは変わらず会っていた。一人になると、泣くか死にたくなるかのどちらかだった。デートの帰りに、何度、彼女をさらってしまいたくなったことか。いっそ彼女が殺してくれないものかと空想した。あまりに非現実的だと我に返っては、純は絶望の深淵を見た。



『聖音(さとね)……』



 何度も呼びかけ、囁き、愛した名前を口にした。


 純白に身を包んだ少女を、聖音を抱き寄せて、赤いルージュを奪った。

 彼女に似合わない、燃えるような唇が普段の淡い桜色になるまで、何度も唇を重ね合わせた。


『純……っ』



 聖音の腕が、純のうなじに絡みつく。

 彼女の着ているドレスの裾が、純の脚を掬っても、構わず互いに身をくっつけた。

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