テキストサイズ

貴女は私のお人形

第6章 もし、二人、似ているなら



 かつて愛した美和聖音という名の少女に、乙愛は瓜二つである。ただし、似ているのは容姿だけ。

 無邪気で物怖じしない、例えば純が電車で眠りこけたなら、痴漢紛いないたずらをして起こしにかかってきたような聖音と、乙愛はまるで別人だ。

 ただし、乙愛が聖音に重なる材料として、容姿だけで十分である。彼女の代わりにするつもりはないが、そんな乙愛から出る慇懃が、純には辛い。おまけに乙愛の困憊した顔は見ていて飽きない。少しくらいその表情を楽しんでいたいという出来心も、のべつ純に訪れる。


 隙なく揃った前髪越しにキスをして、純は細い手首を離した。

 今度こそ乙愛が鍵を拾って、ビスケット扉の鍵穴に差した。

* * * * * * *


 純は着替えを取りに行くと言い残して、彼女のコテージへ一端戻った。


 乙愛は居間のソファに腰かけていた。飲みかけの紅茶をティーカップの底に揺らす。


 若草色の小花柄のカーテンから覗く窓は、真っ暗だ。
 闇夜を眺めていると、昨夜、最後にすずめと別れた時のことを思い出す。

 鈴を転がすようなすずめの声が、乙愛の脳裏に蘇る。

 もう一度、あの無邪気で可憐な声を、聞きたい。



 夏なのに、相変わらず肌寒い。

 高地だからか、それともここが人ならざる存在の住処に近い所以か。わけもなく乙愛の胸が騒ぐ。



 早く、純が戻ってきてくれまいか。

 一緒にいると緊張して、どうにかなってしまいそうなのに、自分を「恋人」と呼ぶ女を──乙愛もまた、渇望している。


「純様……」


 すぐに返事が欲しいなどとは期待しない。


「お姉様……」


 少女らしい感情など、とっくに超えた。

 それなのに、未だままごとのような呼びかけをしてしまうのは、乙愛が現実に付いていけていない証拠か。



 純が、あんなに愛おしそうに、乙愛を見つめるはずがない。甘い言葉を、乙愛にばかりくれるはずがない。…………

ストーリーメニュー

TOPTOPへ