貴女は私のお人形
第6章 もし、二人、似ているなら
「ここには、妖精がいます」
「妖精?」
「不思議な力が、働いてる場所……そんな感じがします。ですから」
馬鹿げた理屈をこじつけている自覚はある。
これほどまで純が不可欠なのに、彼女が、否、乙愛は自分が信じられない。
「ですから、妖精の力のせいで、純様は」
「乙愛を好きって?」
「…………」
沈黙は肯定と同義語だ。支離滅裂にでも何か口にしていた方が、まだ、純の優しさを引きつけなかったかも知れない。
乙愛の隣に純が移った。白い波状を描くフリルやレースが重なって、どこがどちらのドレスの裾か甄別し難い。
純が乙愛の右手をとった。手首に、指先に、小鳥の触れるようなキスが落ちる。
「っ、純様……」
「貴女は何も心配しなくて良い」
「──……」
「乙愛が私を見つけてくれたのは、運命だ。運命に逆らうなんてこと、出来る?」
妖精の仕業を疑る乙愛もとやかく言えないが、純の理屈も無茶苦茶だ。
しかしながら、天使の声が送り出す口舌に乙愛は弱い。反駁出来ない。暗示にでもかかったように、乙愛は首を振っていた。
純が綺麗に微笑んだ。
まばたきも失念して頰の熱に浮かされて、乙愛は、繋いだ片手が恋人繋ぎになっているのにも気付かない。
どちらからともなく唇を交わす。
昼間より深い、熱い口づけだ。
「あ……はっ…」
純の舌が乙愛の唇をなぞりにかかった。
触れているのは指先、腕、そして唇。だのにまるで違った部位が悲鳴を上げる。か細い曲線を描く無音の悲鳴だ。
躊躇も暗鬼も拭われてゆく。代わりに乙愛を覆うのは、得も言われぬ焦燥。脳が白い熱を帯びる。息が上がりそうになる。膝が顫えて、脚と脚の間にぎゅっと力を入れないではいられなくなる。
花蜜を固めたような質感が、乙愛の口内に侵入した。触れるか触れないかほどの塩梅で歯列をなぞる舌先は、その柔らかな幻を乙愛の胸にまで落とす。口蓋、粘膜、歯肉の境目。とろけるような質感は、舌と舌でまぐわうと初めて極小のざらつきがこすれて、しかと存在感を得る。
純のうなじに腕を回して、乙愛はソファに倒れ込む。乙愛を見下ろす純の眼差し、それは騎士が上方の花を見上げるように優しく激しい。