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貴女は私のお人形

第7章 きっとそれは満たされたこと



 「神無月純」の実態は、彼女をロリィタのカリスマとして認識している乙愛らのイメージとはまるで違った。いっそいなせな騎士だった。

 一緒にいると、乙愛の方が姫君にでもなった心地にさせられる。純は、人混みの中では必ず乙愛を抱き寄せる。さり気なく車道側を歩く。乙愛の日傘を持ち上げる。
 純が筋金入りのレディファーストなのか。それとも、乙愛だけに対する振る舞いだと自惚れても良いものか。
 おまけに誰もが憧れる長い金髪は、ウィッグのレプリカ。肩にかかる具合のシャギーの地毛は、馴染みのウェーブヘアより更に艶がある。装備をほどいた純の部屋着も、少年めいたセンスが香っていた。


 乙愛だけが、天使の素顔を知ったのだ。



 つと、鼻をすするような音が耳に触れた。


「……っ…」


 誰かが、声を殺して泣いていた。

 痛々しげな嗚咽は乙愛の胸を鷲掴みにして抉り出す。



「さ……と、ね……」



 どこから、聞こえてくるのか。

 声の出所は、考えるまでもなかった。乙愛が認めたくなかっただけだ。



 天使の声はかなしみに濡れて、それは途方もない陰性を孕んだ激情だ。

 普段の純から想像つかない。否、表層には見えないだけで、それこそ彼女の本質なのだ。



 彼女は傷だらけの天使だ。…………



 だから乙愛は共感した。
 純を欲する想いの中には、共鳴もあった。



 さとね、さん、って、誰……?



 乙愛の頬を涙が伝う。


 
 痛みが刃物にでも変わってしまうのではないか。切っ先がむやみに働かないよう、乙愛はその場に蹲る。腕を抱いてまろみをつくった。

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