貴女は私のお人形
第7章 きっとそれは満たされたこと
こうして純を待つひとときは、『乙女の避暑』初日の夜と変わらない。芳しいような特別感、事実、日常とはかけ離れた空間の生む高揚が乙愛を抱いて、胸を顫わす。早朝は色々あった。純は、やはり無意識であれ、乙愛を過去の恋人に重ねているところがあるのかも知れない。
構わない。
乙愛は純を愛している。彼女の方も多からず乙愛を求めているのであれば、その動機は何でも良い。
「純ちゃん来たわよっ」
ノゾミの声に顔を上げると、純が出入り口に見えた。付近の従業員達と何やら話を始めたようだ。内容までは聞き取れない。珍しく澄花がいないところからして、大方、遅れた彼女の代わりに業務上のやりとりか。
純が、乙愛らのいるテーブル席に歩いてきた。
思わず上がりそうになった腰を制して、乙愛は軽く微笑みかけるだけにとどめた。純も、乙愛に微笑んだ。
「ご機嫌よう、皆さん」
白いドレスをまとった天使は、いつもの純だ。これが素顔ではないと分かった今も、乙愛には、さりとて偽りとも思えない。
純が、生け花の花瓶から、白薔薇を一本引き抜いた。その花びらにそっと唇で触れた彼女の仕草が、たとしえない色香を放つ。
「実は」
純が白薔薇を差し出した。甘い匂いは乙愛の鼻先。
羽のような重みを受け取る間際、乙愛の指と純の指が触れ合った。
大切に手にした白薔薇を、乙愛は膝の上に置く。
「澄花は、家に帰ったの」
思いがけない純の言葉に瞠目したのは、乙愛だけではないようだ。
一体、澄花に何があったのだ。
「あの、神無月さん?」
乙愛が口を開くまでに、あずなが先頭を切った。
「澄花さんは、体調の具合が優れないんですか?それともご実家の方で何か」
「心配には及ばないわ」
「そうですか」
「澄花は所用で帰ったの。責任なら、それを許した私にあるわ。……優秀な司会は席を外してしまったけれど、あと二日、この避暑にご一緒して下さるかしら?」
誰も否は唱えなかった。
ノゾミだけが、何やら眉根を寄せていた。