貴女は私のお人形
第7章 きっとそれは満たされたこと
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深夜二時を回っていた。
純の住居に押しかけた聖音は、既に狂っていたのかも知れない。
玄関に出てきて。有無を言わせない一本の電話。純がそれを受けてすぐ、インターホンのチャイムが鳴った。
『純っ……』
珍しい星座でも見つかったのかと思っていた。だが、夏の湿気た夜半の空は灰色の街灯にぼやけて、月もない。月もないのに、儚く可憐で美しい、その化身が純の胸に飛び込んだ。
『助けて……私っ……いや、純、私を殺して!私貴女に酷いこと……あ、ひ、いやぁあああああ!!』
『聖音!』
『あ……あぁああ……っ、はぁ……』
がくがくと震える肩を掴んで、純は聖音の顔を見た。
目は充血して、元から色素の薄い彼女の頬は、死人のように真っ青だった。
聖音の声は、相変わらず聖母のそれだ。気高い響きを含んでいた。が、それは悲痛に呻吟する他、言語をなくしていたようだった。
純は恋人を部屋に上げて、事情を質した。
一ヶ月前、聖音が式を挙げさせられた男は、彼女に偏愛を押しつけていた。戸籍上、彼が彼女の配偶者となってからは、その暴走に拍車がかかった。
もとより男は、聖音に恋人がいることを知った上で、片恋相手の両親に金を提供したような人間だ。顔を知る友人にしか彼女を会わせず、それも時間を制限した上でのみである。純に関しては、会うこともひと苦労だったようだ。男は彼女に一人は疎か、配偶者の部下が付き添っていてもむやみな外出を戒めていた。
牢獄同然のあの家を、こんな時間に抜け出せた。それは何かがおかしい証拠だった。