貴女は私のお人形
第8章 だから世界の色が消えても、
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一人目の男が純を認識した瞬間、激しい憎悪が迫り上げた。
身体中の血液が、暗くどろどろした毒に変わる。
総身を蝕んだのは、科学では説明し難い悪感だった。
男の目には、まるで神でも崇めるような恍惚が顕れていた。その相形は、悟り澄ました僧を彷彿とする穏やかなものだ。
…──もっと、往生際が悪いのかと思ってた。貴方のことだから。
お気に召さなかったかい?麗しのレディ。
……気持ち悪い。
ナイフを埋め込むのは呆気なかった。
男が全く抗わなかった所以もあろう。もとより人間の肉体が、所詮は滅びに向かうために具合良く出来ているのか。
自尊心と本能だけで機能している。それが男という生き物だ。知能は皆無に等しいくせに、数と生命力はゴキブリ並みだ。
こまやかな神経など以ての外だ。さればこそ、厚顔で社会にのさばれる。思い通りの人生を欲し、自らの意に反する自体に直面すれば、平気で弱者を踏みにじる。
人間に愛玩され或いは命を賭して働くペットや家畜の方が、ずっと存在価値があるまいか。
野原リュウも例外ではない。
敵意を向ければ返ってこよう。もみ合いになる覚悟は決めていた。
だのにあの黒ずくめのゴシック男は、見苦しく足掻いたりしなかった。純に屠られることが天命であったかのように、受け入れた。
貴方一人を始末したって、男は消えない。
ああ。だが、腹癒せにはなろう。
いっそ不審に感じた純は、死にたかったのかとリュウに問うた。するともはや生気が残っていること自体が疑わしい物体は、相変わらず偽善者の表層を解かないで、弱く笑った。笑顔は、肯定を意味していたのかも知れない。