貴女は私のお人形
第1章 あの人はあたしの神様で、
どうして君は現れたの
目も当てられない世界に あの恋は綺麗すぎて
君が僕を 救ってくれた
幸せにすると約束したのに
想いは抜け殻
光をなくした手のひらは
君のぬくもりの赤だけ 懐かしんでる
目蓋を閉じると
柔らかな微笑みが見えるよ
君は
僕の隣に 安心して座ってた
誰より近くの距離が ごく当然だった日々
もう戻らない
君に
触れられていた内に
幻影になる前に
ちゃんと捕まえておけば良かった
愛してる
愛してる 永遠に君を愛してる
姫袖に覗いた君の手は 僕を
どこへいざなったんだろう
乙愛の胸奥を浮遊していた純の歌『requiem』が二番に差しかかる間際、青い照明に白みを刷いた天幕が揺れた。
現れたのは、一同とは明らかに毛色の異なる女だ。
背丈は乙愛と変わらない。歳は、四十前後といったところか。
教員でも務めていたなら、さぞ保護者らの信頼を集めていよう女は、臙脂色をしたチェック柄のカッターシャツに、アイボリーのタイトな膝丈スカートを合わせていた。なおざりに化粧してある目許を、黒縁眼鏡が印象づける。
「ご機嫌麗しく存じます、皆様」
女は純の座るはずの席に着くと、長く黒い三つ編みを揺らして深々と頭を下げた。
え……?!
「この度は、神無月純主催の宿泊ツアー『乙女の避暑』にご参加いただきましたことを、心よりお礼申し上げます。遠方から遙々、まずは長旅、お疲れ様です。……私、神無月澄花(かんなづきすみか)と申します。及ばずながら、純のアシスタント兼スタッフを務めております。以後、お見知りおき下さいませ。ところで今回、『乙女の避暑』を企画しましたのは──」
得心がいった。彼女が噂の純の妹、兼スタッフというわけだ。
澄花は些か長い開会の辞を終えると、テーブルをざっと見渡した。
「一名、お見えでない方がいらっしゃるようですが」
それは乙愛も違和感を覚えていたところだ。
『乙女の避暑』の参加規定人数は、六人。にも関わらず、澄花が六人目の参加者でないということは、まだ五人しか揃っていない。時刻は七時五分を回っているのに。