貴女は私のお人形
第8章 だから世界の色が消えても、
「…──気に入った?」
くすぐったい、羽根に撫でられるのにも似た感触。それはあずなにささめく純の声だった。
花を揺らすそよ風のごとくたわやかな声は、なるほど、いつだったか乙愛が「丑三つ時には聴けない」と話していたのにも納得がいく。聞く者の胸が締めつけられさえするからだ。
切なくて切なくて、呼吸していることが疎ましくなるほど苦しくなる。…………
「彼女は、すずめちゃんですか?」
「そう言ったでしょ」
「──……」
「野原すずめは、完璧。完璧なドールだ」
「何故……」
「人間は、生きているだけで醜い。息をして、血液を循環させて、寝食して感情に従う。生きるために、色んな知恵を身につけて、色んな欲望を正当化する。どうやったって、無垢なままではいられない。この子みたいに、可憐な姿に生まれても」
「…………」
「だから、ドールにしてあげたの」
「神無月さんが、そんな……すずめちゃんを……」
「まだ信じられない?」
もちろん信じられないでいると、あずなの身体が解放された。
純の緩慢な足どりが、白い薔薇の絨毯を踏む。
すずめの形をした人形が座ったソファの側に、彼女は優雅に膝をついた。
停止した時間を切り取った中に閉じ込めたようだ。純とすずめは罪深いほど美しい。
純の繊手がすずめの頬に伸びた。
大切な人形を慈しむ手つき。純はあどけない少女の素肌を愛でていた。愛おしそうな、思わず羨ましくなる優しい所作だ。
媚薬同然の芳香が体内にまで染み通っても、あずなの意識は冷めていた。
夢より美しい、背徳を犯してまで実現した理想を見せつけられても、あずなの胸は反感に燃える。
この激情を、唯一、治める術があるとする。この場で純を殺めることか?
少し先の、物騒な嚮後を思い描いていると、あずなは純と目が合った。